絶望からの出発
何のために生きるのか。
この自らの存在に対する問いは、
人類の永遠のテーマであり続けるだろう。
なぜなら、全ては無から始まったのであり、
やがては無に帰る定めだからだ。
我々が生・死と呼ぶ現象もしかり、
この宇宙空間と時間の発生・消滅もしかり。
無と無の狭間に生きる我々にとって、
あるのは常に今でしかない。
今を基点に過去と未来を見つめ、
あらゆる現象を見つめ、
そこに意味を見出す作業のみが、
我々の存在を確固たるものにする。
だから、ひとたび意味を見失うと、
全てが無意味であることに絶望する。
そして、そのまま命を絶つ人の、
人格が崩壊する人のいかに多いことか。
我々が持っていると思い込んでいる自由意志も、
水が高きから低きに流れるような、
神経細胞間の複雑な電流の流れに過ぎない。
確かに、これは絶望に値する。
けれども、例え完全な自由は無いとしても、
我々が不自由であることに気付かない程度の自由はある。
ここに、人を絶望から救う唯一の原動力がある。